ヤナセとクルマとヒトのコト Vol.6

「駆け込み寺」としてあらゆる車種やボディカラーに対応する、ヤナセの塗装修理作業

接触事故や天災などでキズやへこみが発生したボディは板金作業によって修復が行われるが、そのむき出しになった外板に元通りの色を彩色していくのが塗装作業だ。修復箇所以外の部分と差異がないように、色味や質感を合わせて塗装していくさまは、まさに職人技。そんなヤナセならではの塗装技術の秘密を「ペイントマイスター」に聞いた。

  • 2024年06月20日
  • 文:伊達軍曹
  • 写真:タナカヒデヒロ
岡平拓也(おかひらたくや)。2008年にヤナセへ入社。現在はヤナセオートシステムズ 関西営業部 BPセンター茨木で、塗装チーフとして塗装作業を担当。
板金部門から上がってきたドアパネルに、塗装のための下処理を行っている岡平。塗装作業のおよそ9割は「塗ること以外の工程」で占められているという。

塗装作業は情熱の炎を燃えさせてくれる仕事

いわゆる普通の大学にいったんは入学した。だがそこから展開していくだろう未来が、岡平拓也にはどうにも魅力的とは思えなかった。自身の中にあるはずの情熱の炎は入学以来2年間、一度も燃え盛ることがなかった。

「自分が本当に好きなことをやろうと決意して大学を中退し、自動車整備の専門学校に2年遅れで入学しました。そこで2年間エンジン整備を、その後1年間の上級課程で車体整備(板金・塗装)を学んだのち、ヤナセにペインター(塗装の専門職)として入社した――という次第です。入社以来、早いもので17年が経過しました」

現在、ヤナセオートシステムズ BPセンター茨木で塗装部門のチーフを務める岡平拓也は、2013年にBPグランプリ※1で見事優勝した。

  1. ※1日本自動車車体整備協同組合連合会が主催する、自動車の鈑金・塗装・見積り技術の発展および継承を目的とした“日本一の技術者”を決定する大会

だがそういった肩書や栄誉の問題ではなく、心の中にいつだってなければいけない「炎」は今、どうなっているのか? 20歳のときに選び直した道で、岡平拓也は情熱の炎を燃やせているのだろうか?

「炎ですか?バッリバリですわ。もうね、アカンっちゅうぐらいボーボーに燃えてますよ(笑)」

生まれ育った西の言葉で、岡平はそう言った。

修復のために塗る塗料の色を、純正ボディ色に合わせていく。同じ色でも平面と曲面では見え方が違ってくるため、経験がものをいう作業となる。
調色を完了した後は、丁寧なマスキングを行う。これがまたけっこうな手間と時間がかかる作業だ(※写真は岡平ではない塗装メカニック)。

クルマのディテールを見れば大切にされていることはわかる

「塗装という仕事になぜここまで燃えることができるかというと、まずは単純に塗装という仕事がとても面白いから――というのがあります。同時に『お客様に喜んでいただける』ということが、モチベーションの源泉になっているのではないかと思います」

サービスファクトリー内の塗装ブースや作業スペースで働いている岡平は、ヤナセに愛車を持ち込んだお客様と直接顔を合わせることや、言葉を交わすことはない。だが岡平は、ファクトリーに運ばれてきたクルマのディテールを見ることで、そしてそれを万全なコンディションに戻してお返しすることで、ある意味お客様と「会話」をしている。

「車の細部を見れば、そのお客様がその車をどれくらい大切にされているかというのはだいたいわかるものです。室内をきれいに保っていらっしゃって、なおかつドアのエッジなどに、おそらくご自身で作業されたタッチアップの跡を見つけたりすると、『ホンマに大切にされてるんやなぁ……』ということがわかるんですよ」

「ならば私も技術と経験と知識をフル動員して、ただ直すだけでなく『最大限にご満足いただける状態』に戻したうえで、お客様にクルマをお返ししたいと思うのです。そういったことの繰り返しが私の仕事であり、ひいてはヤナセという会社のスタンスなのだと思っています」

調色を終えた塗料を丁寧に濾すことで、塗装面へのゴミの付着を防止する。
塗装ブース内の温度は31.5℃。真夏の作業中は50℃を超えることもあるという。
さまざまな工程を丁寧に重ねたうえで、やっと最終的な「塗り」の工程に入る。

「塗り」は作業全体の1割程度にすぎない

塗装の仕事といえば、防護マスクを着用し、スプレーガンで塗料を何層にも塗っていくもの――というイメージがあるが、岡平によると「塗料をガンで塗ること自体は、作業全体の10分の1程度。残る9割は、それ以外の工程が占めている」のだという。

具体的には、まずは板金部門がきれいに修復したパネルなどを「塗料がきちんと付着し、きちんと発色できる状態にする」という下地処理を行う。そして塗料の調色(色合わせ)を行い、丁寧で執拗なマスキングを行って初めて「塗る」という工程に入るのだ。すべての工程には、教科書や数字だけには基づかない「職人技」が駆使されている。

「たとえば調色ですが、色を合わせること自体はさほど難しい作業ではないんです。色というのは基本的には数字で表せるものですから、理屈と要領さえ覚えれば、誰だって90%ほどの精度を出すことはできます。しかしそこから『100』までの最後の一手が……けっこう難しいんです」

調色のために使う平面上の板に試し塗りした段階ではまったく同じ色に見えた塗料も、曲面の多いリアフェンダーなどに塗ると、なぜか合わなくなる。数値上はまったく同じ色であり、ドアなど平面に近いパネルに塗るのであれば、まったく同じ色に見えるはずなのに――。

「そんなときに必要となるのが『経験』です。いや、それは技術かもしれないし、知識とも言えるのですが……。そして自分が持っているすべてをフル動員してでもやってやるぞという『情熱』が、根底になければいけないんです」

塗装と乾燥を終えた後、表面に付着しているごく小さなゴミを「磨き」によって除去していく。目に見えないほど小さなゴミを慎重に取っていくため「正直、目は非常に疲れます」とのこと。
塗装時に付着した極小サイズのゴミを丁寧に除去していく。
マット塗装は塗装後に磨くことができないため、ゴミの混入や付着は絶対に防がなければならない。

ほかの工場は敬遠する特殊な塗装も引き受ける

「マグノ」というマット塗装が施された車両が入庫した際にも、ペインターの技量と経験値は最大限発揮されなければならないという。

「同じマグノカラーでも、車種やボディのコンディションによっては微妙にツヤ感が異なっています。マットな中に少しだけツヤ感があるものもありますし、逆にツヤ感がまったくない場合もある。それを種類が異なるクリアコートの配合比を調整することで合わせる作業は難易度が高く、『マグノカラーのメルセデスはお引き受けできません』という塗装工場さんもあると聞きます。もちろんヤナセではお引き受けしています」

ツヤ消しのマグノカラーを塗り直す際は、塗装には付きものといえる「小さなゴミ※2の付着」が命取りとなる。

  1. ※2塗装作業の最中に空中浮遊している埃類や塗料内の異物

「通常の塗装であれば、塗装時に着いた小さなゴミは、乾燥後に磨くことで完全に除去できます。しかしマグノカラーはそれができないんです。なぜならば、磨くとツヤが出てしまいますから(笑)。そのあたりも、一般的な工場さんがマグノカラーのメルセデスを敬遠する理由のひとつなのでしょう」

だが岡平なら、いやヤナセなら、それができるということだ。

「もちろん私だって小さなゴミを付着させてしまうことはゼロではありません。仮にそうなってしまったなら、仕方ありませんので最初からやり直します。中途半端な仕事をするわけにはいきませんからね」

岡平の作業用ツナギの右胸部分に付けられた「ペイントマイスター」の印。全国で8人しかいない、特別な技術を持つ者に与えられた称号だ。
フェラーリ認定工場として20余年の歴史と確かな技術を持つ株式会社コミネは、2017年7月にヤナセオートシステムズのグループ会社となった。(現在はBPセンター茨木に拠点を移した)

ヤナセの取り扱い車種以外も経験と情熱で対応

本人は「そんな騒ぐほどのモンとちゃいますよ(笑)」と謙遜するが、岡平はヤナセオートシステムズが制定している「ペイントマイスター」の資格を持つ。2024年6月時点で8人しかいない有資格者の1人だ。

ペイントマイスターまでの道のりは長い。まず7年以上の実務経験を有する塗装メカニックが、「ペイント」と「カラーマッチング」に関するそれぞれのベーシックとアドバンス講義を受講する。TÜV認証※3のペインター資格試験に合格したうえで、社内試験(実技と学科、プレゼン)をすべて合格した場合にのみ与えられるのだ。

  1. ※3技術、安全、証明サービスに関する認証を行う企業

「ペイントマイスターの資格を取れたことはもちろん嬉しいですが、とにかく自分はこれからも塗装という仕事に最大限の情熱を注いでいきたいと思っています。なぜならば、そもそも自分が好きで選んだ仕事なわけですから『とことんやらずにどうするの?』と思うからです」

「ヤナセには普段からお付き合いがあるお客様のクルマもたくさん入ってきますが、他の工場さんに『ウチでは無理だから』ということで断られてしまったクルマも、しばしば入庫しているんです。そういったクルマをなんとかしてあげることができるのは――私が知る限りでは、ヤナセだけなんです。「駆け込み寺の住職」ではないですが、私も一応マイスターではありますので、色についても質感についても『お任せください!』という気持ちは常に持っています」

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