ヤナセとクルマとヒトのコト Vol.4

メルセデスのメカニックが考える、整備とメンテナンスにおけるEVと内燃機関車の違いとは

2019年に発売されたメルセデス・ベンツ EQCを皮切りに、1回目の車検を迎えるEV(電気自動車)が登場している。内燃機関車と比べて、複雑なメカニズムで構成されている印象のあるEVだが、実は一般的にはEVのほうがメンテナンスに必要な費用が抑えられ、手間もかからないようだ。メルセデス・ベンツ「EQ」シリーズの整備とメンテナンスのエキスパートに、その理由を教えてもらった。

  • 2023年09月14日
  • 文:伊達軍曹
  • 写真:安岡 嘉
梅本哲之(うめもとてつゆき)。1994年、株式会社ヤナセ入社。ヤナセ東京千葉営業本部アフターセールス推進室、テクニカルマネージャー。

法定点検にEV専用の項目は存在しない

メルセデス・ベンツ初の量産型ピュアEV「EQC」のデリバリー開始から3年以上が経過した。EQCに限らず、さまざまなEVを街中で見かける機会が増えてきた昨今、モーター駆動ならではの力強さと静けさ、そして経済性の高さなどに良い意味で唸らされるばかりだが、同時にメンテナンスのことが気になってくるタイミングでもある。

内燃機関車のメンテナンスに関しては、長年の経験に基づく知見を持ち合わせているユーザーであっても、ことEVの点検や車検整備などについては未知数な部分も多いのではないか。かく言う筆者も、そんな人間のひとりだ。

内燃機関車とEVでは、実施すべきメンテナンスの内容やタイミングなどはどれぐらい異なるのだろうか? あるいはどれぐらい同じなのか? また、いわゆる日常点検整備においてはどんな箇所を、どのような指針でもってチェックするべきなのか?

話を聞いたのはヤナセ・東京千葉営業本部のテクニカルマネージャー、梅本哲之。メルセデス・ベンツのサービス技術を競う世界大会「グローバル・テックマスターズ 2014」に、故障診断士部門で日本代表として出場するなど、いまヤナセでもっとも「EVのメンテナンスに精通している人間」のひとりだ。

「どんな車にも、国が定めている『法定点検項目』と、メーカーが定めている『メーカー指定点検項目』があるわけですが、法定点検に関しては今のところ『EV専用点検項目』というのは設定されていません。現時点では、法定点検の内容はエンジン車もEVも違いはありません」

「一方で、メーカー指定点検項目は若干異なっています。エンジンオイルやアドブルーなどのケミカル系、あるいはエアクリーナーや点火プラグなどのエンジンに関わる部分は、当然ながらEVでは省かれていますし、逆に診断機を用いて行う高電圧電気回路の点検は、EVならではの項目といえるでしょう」

5年または10万kmまで保証する「EQケア」

メルセデス・ベンツ EQCの発売以来、そういった法定点検とメーカー指定点検が日々行われてきたわけだが、2023年からいよいよ「車検」を迎えることとなる。その際の手間や費用など、要するに「ユーザーにとっての大変さ」は、EVと内燃機関車では大きく異なるものなのだろうか?

「メルセデス・ベンツの場合、内燃機関車には3年間定期メンテナンスや修理が無償となる『メルセデス・ケア』が、自動的に付帯します。一方でEQシリーズの場合は、5年間または走行距離10万kmまで一般保証やメンテナンス保証、24時間ツーリングサポートが無償で提供される『EQケア』が付帯します。そのため、パワーユニットの種類を問わず『車検整備にかかる費用は変わらない』というのが前提となります」

「そのうえで、もしも整備費用を頂戴するなら……という仮定に基づいてお話ししますと、EVのほうが費用は圧倒的に安価となるでしょうね」

複雑で高度な機器が多数用いられているEVのほうが、シンプルなつくりの内燃機関車よりも高くつきそうなイメージがあるが、そんなことはないのだろうか?

「そもそもEVは交換部品が少ないのです。エンジンオイルや点火プラグといった消耗品が存在しませんから、その分だけ整備コストがかからない。またブレーキパッドやローターも、一般論としては『EVのほうが長持ちする』といえます」

車の走行に「減速」は付き物であるため、エンジン車であってもEVであっても、ブレーキパッドとローターは必ず摩耗する。だがEVでは回生ブレーキが働く分だけ、ブレーキパッドとローターに摩擦が発生する時間が短い。そのため、仮に同じドライバーが同じようなドライビングを行った場合、EVに装着されたブレーキパッドおよびローターのほうが長持ちする――と、梅本は言う。

タイヤの空気圧や亀裂・損耗、溝の深さは日常点検で確認が必要。EQBはウインドウウォッシャー液の補充口がボンネットの中にあるが、EQSはボンネットを開けず、ボディサイドから入れる仕組み。

エンジンがないから日常点検も簡単

「もちろん、EVに装着されているほうが早く劣化する部分もあります。たとえばタイヤですね。EVは重量のあるバッテリーを搭載しているため、タイヤにかかる負荷は必然的に高くなりますし、モーター車の『ゼロ発進時にもっともトルクがある』という特性も関係します。ただ、メーカーもそれを見越して『EVに合うタイヤ』を用意していますので、大きな影響はないといえるでしょう」

EVの整備や車検には手間とお金がかかるというイメージは、誤解だということがわかったが、いわゆる「日常点検整備」はどのように実施すればいいのだろうか?

「エンジン車の場合はエンジンオイルや冷却水の量など、チェックすべきポイントがあるわけですが、EVは特にないんです」

……ない?

「はい。基本的にEVは、ユーザーがボンネットの中を触ることを想定していないんです。高電圧機器のかたまりですので、EQSなど車種によってはボンネットを簡単に開けられないつくりになっているほどです。ですからユーザーご自身が実施すべき日常点検は、ウインドウウォッシャー液とタイヤ、ワイパーの確認程度なのです」

ユーザー自身が点検すべき部分はきわめて少ないまま、一定期間を至ってイージーに過ごせるのが現代のEVらしい。しかし梅本は「12Vのバッテリーだけは、ご注意をいただきたいです」と言う。

「これはモーターを駆動させるリチウムイオンバッテリーではなく、昔からどんな車にも載っている12Vバッテリーのことです。エンジン車の場合、仮に12Vバッテリーが劣化して不具合を起こしてしまったとしても、ブースターケーブルやJAFなどのお世話になる、という程度で済みます。しかしEVでは、12Vバッテリーの劣化が致命的なダメージを与えることもあり得るのです」

EVの整備は正規ディーラーで行うことが必須

温度管理が難しいリチウムイオンバッテリーにはコンピュータが内蔵され、適切に維持するための機能が常時働いている……のだが、その維持機能は12Vバッテリーによって動いている。そのため、12Vバッテリーからの電気が供給されなくなると、高電圧バッテリーの制御も行えなくなり、最悪の場合には高額なリチウムイオンバッテリー全体が損傷してしまうこともあるのだという。

「もちろん12Vバッテリーの状態は、お客様のお車がご入庫されるたびに我々がしっかりと確認させていただいております。その際に、我々が12Vバッテリーの交換を提案した際には、ぜひ前向きに受け取っていただければ幸いです」

これから本番を迎える「EVの車検」においては、5年10万kmのEQケアが付帯していることもあって、さしたる問題も不安もないことはわかった。だが、その車検整備を「ヤナセに託す」ことの意味あるいは価値とは、はたしてどこにあるのだろうか?

「前提として、ピュアEVの点検や整備は正規ディーラーに依頼するのが最善です。内燃機関車であれば『自動車の基本的な構造はどれも同じ』と言えますので、一般の整備工場さんでも、さまざまな対応は可能でしょう。しかしEVはモデルごとの特殊性が高いため、失礼ながら一般の工場では『付いている部品の種類すらわからない』ということもあり得ます。そもそもわれわれ正規ディーラーのメカニックであっても、しっかり勉強をしないとキャッチアップできないのがEVの世界です。そのため、まずは必ず正規ディーラーに点検と整備を依頼してください」

全国の拠点から情報を集約して知見を生かす

そのうえでEVのメンテナンスを「ヤナセに託す」意味と価値は、ヤナセならではのスケールメリットにあると、梅本は言う。

「EVに限らず、クルマという機械製品にトラブルは付き物ですし、特にEVという新しいジャンルの乗りものにおいて、初期トラブルがゼロとなることはあり得ません。しかし、ヤナセは全国の拠点で膨大といえる数のEQシリーズを扱っておりますので、その分だけ知見が蓄積されており、なおかつそれが全国で共有されています」

ヤナセでは全国すべての拠点からEVのメンテナンスに関する情報を集約し、それをメルセデス・ベンツ日本と共有し、通り一遍の公式情報だけではない深いレベルのディスカッションを行っているという。

「メルセデス・ベンツ日本とのタッグから生まれる詳細なレポートをドイツ本国に送り、本国のメーカーに早急に動くようプッシュする――ぐらいのことをしないと、まったくの新しい乗り物であるEVを、すべてのお客様に安心してお乗りいただくことはできません。いま現在、EQシリーズにおいてそれを行っている存在の一端が我々ヤナセであり、その結果として、メルセデス・ベンツのEQシリーズを日本のお客様に安心してお乗りいただけている現状があると自負しています」

「クルマはつくらない。クルマのある人生をつくっている」という、ヤナセの顧客ではない人間ですらよく知っているフレーズ。その「クルマのある人生をつくる」ための細かな手法は、時代とともに、パワーユニットの種別とともに、変化する部分もあるのだろう。

だが「最上質な商品・サービス・技術を、感謝の心を込めて提供するため、とにかくベストを尽くす」というヤナセの根本は、パワーユニットが内燃機関からエレクトリックに変わろうとも、どうやらまったく変わってはいないようだ。

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