INTERVIEW 広田雅将さん(クロノス日本版編集長)
ドイツ製腕時計とメルセデス・ベンツの
モノづくりに共通する上質さと「肌触り」
雑誌『クロノス』はドイツを本国とする高級腕時計専門誌だ。その日本版の編集長を務めるのが広田雅将さん。腕時計への愛情とともに、その腕時計がつくられた時代、文化、国民性に技術までを加味した豊富な知識から“博士”というニックネームで慕われる。今回はそんな広田“博士”をゲストに、メルセデス・ベンツ東京芝浦ショウルームに展示中のメルセデス・ベンツCLEに触れながら、ドイツのものづくりと魅力を主題に伺った。
- 2025年03月21日
- 構成・文:前田陽一郎(SHIRO)
- 写真:前田晃(MAETTICO)



エンジンルームを開けるや「やっぱり、素晴らしいですね」
広田さんはしばしば自身をしてオタクと称しながら、独自の視点で目の前の腕時計の魅力について語る。芝浦本社ショウルームのメルセデス・ベンツCLEを目にした今回も同様だった。おもむろにエンジンルームを開けるや、「いやあ、やっぱり、素晴らしいですね」との声があがる。
「フレーム側のサスペンション受けが周りのどのパーツよりも堅牢にできている。これなら強力なブレーキ性能をしっかり受け止められるし、大径のタイヤのグリップにフレームが負けることもないでしょうね。こういうところが“ドイツらしい”と評されるところなんでしょうね」
数年前に機会があって、メルセデス・ベンツのハブベアリングを見せてもらったことがあるそうで、その精緻な作り込みと堅牢さに驚いたという。同時に、自身が描いていたドイツのものづくりへの解釈が間違っていなかったことも確信したそう。
「ドイツ時計も車と同じく、基本となる部分が非常に頑丈なんです。車のエンジンや時計のムーブメントを支える骨格部分を堅牢に精密に作ることで、各部が正確に動くという考え方でモノが作られている。“コストをかけるべきところに、しっかりコストをかけている”」


堅牢さのすべては目には見えないところに
「例えば、ドイツを代表するランゲ&ゾーネ(※1)やグラスヒュッテ・オリジナル(※2)といった腕時計メーカーは、ムーブメントの脱進機(時計の動きを一定に保つためのパーツ)を保護するためにルビーのキャップカバーを使っています。ランゲは低振動の時計にはこのカバーを付けていませんでしたが、スポーツウォッチのオデュッセウス(※3)という新しいモデルでは、計時精度を高めるために高振動化させる一方で、動きの高速化による油の蒸発を防ぐためにキャップカバーを採用しています。また自動巻き時計では、ローターの回転でゼンマイを巻きますが、衝撃でローターがたわんでムーブメントに当たってしまうことがあります。これを防ぐため、接触部分にスチールのボールを入れてショックアブゾーバーの役割を持たせる工夫もしています」
つまり、過剰とも思われる性能に、コストと技術を投下することが“ドイツ的である”というのが広田さんの見方だ。


上質であることと、高級感があることは別モノである
「一方で、スイスほかフランス語圏の腕時計は繊細であるがゆえに高級感が漂います。これはおそらく自動車づくりにも言える部分で、イタリアやフランス、ある意味ではイギリス車も高級感においてはドイツのそれより秀でるものがあり、そこに価値を見出してきたようにも見受けられます。ドイツ時計は外装もムーブメントも丈夫で、上質なんですね。でも昔のドイツ製品は上質だけど、高級感が足りない印象でした」
あくまでも私見ながら、と前置きしたうえで、
「かつて腕時計のボディの切削精度(分解能)は50ミクロンでした。それがいまや5ミクロンです。この加工精度の向上が、組み立て精度の向上に結びつき、精緻なチリ(パーツの合わせ)を可能にしました。結果、目には見えない“肌触り”の良さを生み出しているんです。高級感とは実は高度な技術の上に立った肌触りのことだと思うんです」
メルセデス・ベンツが上質であるとともに高級感を手に入れられたのは、やはり技術の進歩によるところが大きいのではないか、という。大事なのは上質であることと、高級感があることは別に考えなくてはならないとともに、それを両立させるのはとても高度なセンスと技術を必要とするということなんです。


デジタル技術と“肌触り”という感覚の融合に見る高級感
高級感を語る上で忘れてはいけないのが「肌触り」であるという広田さん。それが如実に現れているのが以外にもデジタル技術の融合だとも話します。
「デジタルにおける高級感とはプロダクトのどこに肌触りを残すか、その肌触りの質にかかっていると思います。腕時計の場合はボディの仕上げの滑らかさ、風防のクリアさなど、肌に触れる場所の仕上げです。それはスマートウォッチも同様で、そこにしっかりとコストをかけているものはデジタルであっても高級感があります。このCLEのコクピットは、最新のデジタルインターフェースを積極的に取り入れながら、アナログの操作感を残しつ、ボタンの感触や音にもこだわっています。高度で上質なデジタル技術に、高級感のある肌ざわりを加味できるのは、歴史という裏付けあってこそ、なんですよね」
ちなみに、機械式腕時計のボタン、例えばプッシュボタンやゼンマイの巻き上げ感に針の送り感などの操作感は、ドイツ時計はドイツ車と同様にしっかりとした感触があり、一方フランス語圏の腕時計のそれはソフトな感触が多いのだそうだ。



目的と背景と理由があることがドイツのモノづくりの魅力
「参考までに、今日はダマスコというブランドのDC57(※4)という腕時計をお持ちしました。持ってみればわかるんですが、とても重い時計です。耐磁性能を高めるために重い耐磁ケースを使い、文字盤にも光る素材を使っているので、時計全体が重くなってしまっているんです。ところがこの重い時計は、腕に乗せるとさほどその重量が気になりません。その秘密はこのブレスレットのストレートなラインにあります。スイスやフランスの時計はそもそも重くならないように工夫をし、さらに装着感を上げるために、ブレスレットを細くしたりテーパーをかけたりします。ところがこの時計はブレスレットをストレートにして時計全体の重さを均等に分散させています。さらに、時計全体が重いのでブレスレットの留め具にはセラミックベアリングを2つ使っているんです。固定金具も、ネジではなく六角レンチで固定しているのでガタが出ません。このように、耐磁性と堅牢性の実現のために、軽さやパーツの増加を犠牲にするのが“ドイツらしい”のものづくりだと僕は解釈しています」
最後に面白い提案も加えてくれた。
「ドイツのモノづくりには必ず背景と理由があります。それは使ってみないとわからない魅力に溢れていることを意味します。メルセデス・ベンツを深く知るにはドイツ製の腕時計をぜひお買い求めください。ということは、かく言う私もドイツ時計を知るためにメルセデスを買わなくては、ということなのですが(笑)」